もしも逃げてしまえば

推しを求めて三千里の途中です

恋だったのかもしれない

こちらのエントリにたくさんのスターをありがとうございました。実を言うと、“偶像崇拝”など「推しは実在しない!非現実だ!偽りだ!」という非難とも捉えられかねない言葉を扱うことに対し多くの躊躇いと申し訳なさを感じつつ、それでもこの言葉しかないなと恐る恐るアップしたんです。でもこのくだりに大変たくさんのスターをいただき、更にわざわざ同意の言及をして下さった方もいて、ものすごく安心致しました。よかった…。 あと冒頭のトトロのくだりにスター付けて下さった方、愛してます。(謎の私信)

 

 

さて、前回のエントリではガチ恋を真っ向から否定したわたしですが、実をいうと、以前はガチ恋だった…のかもしれないです。曖昧ですみません。ですが、わたし自身も未だに「あれはガチ恋だった」「いや、ガチ恋ではなかった」という肯定も否定もできないでいまして。しかし今回折角ガチ恋について考える機会があったので、この件についても改めて考えようと思い立ちました。

わたしなりの、もう1つのガチ恋アンサーソングとして、「こんな話もあるよ」とゆるーく読んでもらえれば幸いです。

 

 

そのガチ恋疑惑のお相手は、何を隠そう元バンドマンのSくんです。過去エントリでも散々述べている通りわたしはSくんのTOで、Sくんの為なら何でもする強火おたでした。そしてSくんも、わたしのことを気に入ってくれていたようです。所謂オキニってやつ。自分で言うか?と思われるかもしれませんが、そう思うだけの根拠は挙げだしたらキリのないくらいたくさんあるし、ファン仲間からも「絶対特別に思われてるって!」と何度も言われてきました。だからこれに関しては自惚れじゃないって信じてる。

チケットにサインを入れるとき、他のファンにはメンバー全員分入るようにスペース空けて小さめに書くのに、わたしの分だけはバンド名や日付、更にはちょっとしたメッセージやイラストを書いて自分だけで埋め尽くしちゃったり。

気紛れで愛称を付けて、ずっとその愛称で呼んでくれて、いつの間にか他メンバーにまで定着するほど裏でもわたしの話をしていてくれたり。

いつもなら向こうから近寄って来るのに、脱退発表する1ヶ月ほど前からは後ろめたさからなのかはたまた察されたくなかったのか、露骨なくらい干されたり。(だけどそのせいで逆に察しちゃったし、脱退発表した瞬間に吹っ切れたかのように神対応連発してきたのは今思い返すとものすごく笑える話だなあと思う)

 

こういう対応をしてもらえるのはおまいつしかいない時、もしくは本当にわたしくらいしかファンがいない時で、久々に行く地方の場合、普段遠征しない地元のファンに囲まれることが多くて。そんな時Sくんは地元のファンへの対応に追われ、わたしのことは後回し。だけど、それ以外の時は手厚い神対応を受けていたし、「いつでも構ってもらえるから」という自信で、むしろ自分から手を引いてファンに囲まれるSくんをにこにこ眺めていました。というか、そういう時でも最後にはわたしのところへ来て「今日はサイン書かなくていい?」って自分から聞いてくれてたし、わたしもそれがあるって分かってるから笑って待っていられたというか。TOかつオキニであるが故の余裕です。だから他ファンがどんな対応をされていても嫉妬なんて全くしたことなかった。誰と話してようが微笑ましいとしか思わなかった。今思うとめちゃくちゃ性格悪いなわたし。

 

 

先のエントリで推しのことを“偶像崇拝”と述べましたが、それはSくんよりも前に推していた人*1の頃から思っていることでした。だからSくんのことも最初はそのつもりで見ていた。「この人もステージと実際は違う人なんだ」って。だけど、Sくんの場合、自分から「ステージにいる僕と普段の僕に何の差もないよ」と言ってきたし、むしろ別々に考えられてることを悲しいと感じているようだった。演奏する音楽に嘘偽りはないし、それを演奏する自分だって何も着飾っていないのだから、ありのままの自分を見て欲しい。Sくんはそう思っていたようで。

加えて、Sくんはいろんなことがゆるゆるであることで有名なバンドマンという人種でもあったので、ファンという立場でしかないはずのわたしにすら、大抵のことは筒抜けでした。彼女の有無だとか、出身校だとか、交友関係、果ては実家の住所までも、なんとなく把握しちゃっている状態*2。特に「知りたい!」と思い精力的に調べ上げた訳ではないのですが、なんかいつの間にか知っちゃってた感じ。緩い。それで良いのか。いや良くない。良い訳がない。断じて良くはなかったけど、でもそれが当然だった世界。しかもSくんはわたしのことを認知して、声を掛けて、名前を呼んでくれる。距離感や壁というものが、まったくない状態。

いつしか、Sくんに対する“偶像”という意識は消えてなくなっていました。

偶像相手でも恋しようと思えば出来ます、が、それをするにはわたしはあまりにもリアリストすぎました。向いてない。そもそもしようとも思わなかった。それだけの話です。

恋だけどー!恋じゃなかったー! - もしも逃げてしまえば

前回はこう述べましたが、Sくんはもう偶像でもなんでもなく、Sくんという人間そのものとして接してしまっていたので、なんというか。後はお察し案件です。

 

だけど、Sくんはそういう「ありのままの自分を見て欲しい」という人でありながら、それでもやっぱりステージの上に立つ人間で。自分の音楽を好きだと言ってくれるファンには真摯に向き合う一方で、自分が弱っている姿をファンに見せるのを極端に嫌っていました。そしてファンのこともありのままで受け入れてくれる傍ら、深く詮索するようなことは絶対にしない人でした。ありのままの関係を築こうとしてくれるけれど、アーティストとファンとしての線引きは絶対に越えようとしない。

そしてその関係は、わたしにとっても心地良いものでした。Sくんに会いに行く時は、普段仕事している時みたく無理に笑顔を作る必要がなく、心の底から楽しくて仕方ないって、自然に笑えていたから。セーブして無理に大人ぶって社会人してる自分ではなく、なんも考えずに気楽なままの子供っぽくてどうしようもないわたしを、Sくんはいつでも暖かく迎え入れてくれたから。

そんな関係性を絶対に壊したくなかったんです。だから、Sくんに対する感情がなんなのか、深く詮索することを放棄していました。おまいつがちょっと元気ないだけですぐに「どうした?」と声をかけてくれるくらい察しの良いSくんのことです、わたしが変なことを考えていればすぐに察するだろうし、ましてやそれが自分へのガチ恋が原因だなんて、Sくんは絶対に望まないし、絶対に困るだろうし。

 

やがて、Sくんはステージを降りていきました。明確な理由を告げず。だけどわたしは以前エントリしたように、その理由には少なからずわたしのことが含まれている気がしてなりませんでした。それはガチ恋が原因ではなかったけど、もしわたしがガチ恋を自覚してしまっていたら…と考えると、やっぱり詮索するのを止めてよかったと思っています。今だって充分すぎる程に悲劇的結末なのに、これ以上のバッドエンドがあってたまるかよ。

 

 

Sくんは「いつかまた音楽をやる。絶対戻ってくる」と言い残しステージを降りました。だけどわたしは「そう言いつつきっともう一生会えない気がする」と勝手に今生の別れをした気でいます。にも関わらず、未だにSくんのことが好きだし、いつか戻ってくるという根拠のない言葉をいつまでも信じ続けていたいと思っているし、本当に戻ってきてくれたとしたら、またSくんを追いかけたいって思っています。性懲りもなく。

実際問題、本当にガチ恋なのかどうかわからないんです。詮索しなかったのもあるけど、わたしのSくんに対する“好き”は恋愛感情というよりも親戚のお兄ちゃんに懐いてるような類の方が近くて。もちろん親戚のお兄ちゃんにだって恋はできるし、するかもしれないけれど。なんか違うなあって思うんです。

きっと、これがガチ恋だったとしても、そうじゃなかったとしても、わたしはその答えを一生出しません。「ガチ恋は認めた方が楽になる」ととある方が仰っていて、そうなんだろうなとも思いましたが、わたしのケースだと認めたところで更に地獄が待っているような気がするんです。Sくんが戻って来なかったら叶わぬ恋だし、戻って来たとしてもSくんに迷惑をかける。それは絶対にしたくない。また以前のような関係性を取り戻したい。だから一生結論を出さず、ただただSくんのことが純粋に大好きな、おバカでちょろいTOのままでいたい。そう思っています。

 

*1:この人もステージから降りたのが原因で推せなくなった

*2:各情報の入手経路について詳しい名言は避けますが、まあ大体身内もしくは本人が漏らしたもの。