もしも逃げてしまえば

推しを求めて三千里の途中です

お仕事と推し事のはなし

「今の若い世代の一定数は推しの為に働いているということを団塊世代はそろそろ理解するべきだ」という旨のツイートがバズってましたね。わたしのTLにも流れてきました。

各人各様、色々な意見があると思いますが、わたしは正直「うーん…」といったところです。

そもそも、確かに若い世代(イコールわたしたち)の中の一定数に推しがいて、推しの為に働いているというのは間違いないと思います、が、それが一般的かと言われればまだまだノーじゃないかなあって。類は友を呼ぶというようにわたしの周りには推し万歳な人種ばかりが集っていていつも有難いなあと思うのですが、それは今現在も頻繁に会う友人だけに限った話で、じゃあ例えば学生時代仲良くて今も会えば話はするし弾むけどそこまで頻繁に会わない友達などにも範囲を広めると、やっぱり推しがいない、そもそも推しって?っていう子の方が圧倒的に多い。

あとこれはわたしの個人的な意見なのですが、一般的思考を持った方々に「推し事を理解しろ!」って強要するの、なんか違くない?って思うんです。確かに推し尊い推しは偉い、推しは偉大です。何故この良さが分からぬ世界!!!と声を大にして叫びたくなる気持ちもよーくわかります。だけど、やっぱり世間一般的には“赤の他人をここまで熱狂的に応援する”って、まだまだアウトローだというか。ましてや件のツイートに出ている“団塊世代”の方々って、芸能人はテレビの中の存在だったわけじゃないですか。最近じゃないです?こうやって間近で見れるように、むしろ本人と直接会えたりお話できたりするようになったの。AKBやももクロなんかが「会いに行けるアイドル」をコンセプトにしてヒットしたけど、それだってほんの数年の話です。それを団塊世代の方々に分かれ!って言うのも…残念だけど無理な話じゃないですかね…。*1

 

ただ、ここまで推し事に限定して話させて頂きましたが、確かに団塊世代(って言い方もどうなんだろうと思い始めてきた)の方々の、「仕事の為に生きている!趣味は仕事!働け、話はそれからだ!」感は流石にちょっとどうにかしてもらいたい!です!ほんとに!!!

昔は働いて家庭を築くこと、それこそが真の幸せだ!みたいな考え方が根強かったと思うんですが、でも今はそうでもない。インターネットが普及し、行きたいところに行かなくとも現地の情報がリアルタイムでわかるようになり、その中で興味のあることに没頭できるようになった。そして幸せが多様化していったように思う。ゼクシィのCMでも言ってますよね、「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は貴方と結婚したいのです」って。別に結婚だけが幸せじゃない。仕事で成功して、家庭を築くことだけが幸せじゃない。もちろん、それも真っ当な幸せの形だというのは大前提、わたしだっていつかは…なーんて思ってますし。ただ、ひとつのケースとしてはって話ですよ。

なんというか、団塊世代(他に何か良い言い方無いっすかね)の方々の、「働くことが生き甲斐だ!」っていう考え方を、もうちょい考え直してもらえないかなあ…って思う次第です。理解されなくたっていいからせめて否定しないで欲しい。多種多様である人の幸せ、勝手に決めつけんじゃねえ!!!

 

ちなみにわたしは推し事の為にお仕事してる派です。今の職場は正直やり辛くて「いつか辞めてやるからな弊社!!!」と内心舌出し中指立てつつ、大嫌いな先輩や話の通じない上司ににこにこ愛想よく接しながら毎日社会人やってます。わたしが無趣味だったらとっくの昔に辞めてんなーと思いつつ、でも推し事の為だと思えば不思議と頑張れる。というか、それで今の職場辞めても転職活動中無収入になって推し事疎かになるのめっちゃ怖ぇ〜〜むり〜〜!ってビビってるのもあるんだけど。実際それでお金を頂いて今日も元気に推し事できてます。ありがとう弊社。まあいつかは辞めてやるけど。(おっと)

 

うーん、なんか何が言いたいのかよくわからなくなってきたなー。ぶっちゃけ今渋谷某所で飲みながら書いてるから多分文章めっちゃくちゃだと思うけど、許して♡ 今日は渋谷で大好きなバンドのワンマンだぞ!わーい!楽しんできまっす!

 

 

*1:もちろん、その中には分かって下さる方も数多くいらして、そういう方と出会う度に有難いなあと思います。